不妊症に悩んだ名古屋主婦の人工授精、体外受精、その結果

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40歳|治療開始から5年、ついに

名古屋市在住の管理人が不妊症と闘った日々をまとめました。

このページは、39歳のときに浅田レディースクリニックではじめた体外受精によって、治療開始から5年を経て、40歳でようやく妊娠できたとわかったときの喜びを書きました。

40歳

移植3回目で奇跡の陽性反応

3つ目の卵のグレードは正直よいものではありませんでした。それでも奇跡は起きました。

判定日前、クリニックでの結果を待つことができず、自宅にて検査薬でフライング検査をしてしまいました。くっきりと出た陽性のラインは今でも忘れることはできません。震える手で夫に電話すると、夫も「本当なの?」と何度も聞いてきて、「すごい!すごい!」と興奮しているのが伝わってきました。

もう妊娠はできないのかもしれない。5年間の長くて辛い日々を振り返り、夫と思わず泣いてしまいました。長い間、二人一緒に治療するという気持ちで支えてくれた夫に本当に感謝しました。

39歳のとき、AMHの値が一桁だと知った時は絶望感でいっぱいでした。それでもあの時、先生の言葉を信じてステップアップして正解だった!と強く思います。

  • 参考までに、浅田レディースクリニックでの実績です。
    数字で見ると、不妊治療は時間との勝負ということを痛感します。
    http://ivf-asada.jp/result/

無事に元気な男の子を出産

浅田レディースクリニックでも妊娠を確認でき、浅田先生やスタッフの皆さんからもあたたかい言葉をいただき、感激しました。その後、心拍も無事に確認でき、ようやく私の長い長い不妊治療が終わりました。

浅田レディースクリニックを卒業して、産婦人科に転院。帝王切開で40歳でかわいい男の子を授かることができました。今、この手に我が子を抱けることは、本当に奇跡だと思っています。

実は私の残りの受精卵は、今もまだクリニックに保存してもらっています。いつかまたお世話になる日が来るかもしれません。欲張りすぎてはいけないと思っていますが、もしまたお世話になる日が来たら、そのときはまた不安と闘いながらでも治療を頑張れると思います。

不妊治療で大切なのは「時間を無駄にしないこと」

浅田先生は私にこうおっしゃっていました。

「不妊治療において、35歳から40歳までは貴重な時間です。
うちを“最後の砦”と考えている患者さんもいますが、いざ来院した時にはいい卵が残っていないこともあります。本当に間に合ってよかったですね」

私が妊娠を意識し始めたのは33歳でした。まさか自分が体外受精を行うとは考えてもいませんでした。あのまま人工授精にこだわっていたら、AMH値も知ることなく、妊娠できなかったでしょう。先生の「2年で結果を出す」という言葉を信じて、このクリニックに出会えて、本当に良かったと思います。

もし、不妊治療に行きづまっている方がいたら、1日でも早くAMH検査を受けてと声を大にして伝えたいと思います。

体外受精、顕微授精を決意することは勇気がいりますが、不妊治療は結果が全てです。浅田先生のもとで40代で母親になられた方はたくさんいます。希望を持って頑張りましょう。

浅田レディースクリニックは、現在、勝川クリニック(春日井市)と名古屋駅前クリニック(名古屋市)の2院に増えました。

私は勝川クリニックでお世話にな りましたが、新しい名古屋駅前クリニックも同じく評判が良いそうです。これから治療をはじめる方は、便利なほうを選んでください。

 
名古屋主婦・35歳からの不妊治療体験記